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徳島城の歴史学習と清掃奉仕活動

2026年7月17日 13時35分

本校では、校外清掃奉仕活動と地理・歴史のフィールドワークをコラボした学校行事を毎年実施しています。

今年は、徳島中央公園にて夕方6時から行いました。まず徳島城を作った蜂須賀家正の銅像のあたりの除草をおこないました。30℃近い蒸し暑さの中、生徒たちは汗だくになりながら懸命に取り組んでいました。

 除草 銅像前

そして、徳島城博物館学芸員の岡本佑弥先生による案内で城内のフィールドワークが始まりました。

天守閣は今はもうありませんが、城山の頂上から少し下がった東側に作られていました。お殿様は普段は表御殿と呼ばれる現在の徳島城博物館のあたりに住まわれていたそうです。

 岡本先生大手門おとめ石

石垣は徳島で採れた青石で作られています。

大手門の石垣は、大型の石をきれいに加工し、交互に組み合わせて作った算木積みという、頑丈な作りでできています。他より大きな石が使われ、表玄関にふさわしい荘厳な作りです。そして最も目立つ場所に赤い石が使われており、この石は他の藩に持ち出すことが禁止された「おとめ石」と呼ばれた貴重な石です。石垣には、刻印という記号が彫られていますが、これは、作った人の功績を残すためです。

 蜂須賀銅像2説明

下乗橋は、産婆さん以外誰もがここで籠や馬から降りなければ、場内に入ることができなかったのでこのような呼び名がついています。明治時代に知事が車で入るために石橋に架け替えられたそうです。

 下乗橋

鷲の門は、もともとは、JRと国道の立体交差のあたりにあり、城の前から愛媛・高知・香川・淡路に延びていく街道の起点となる場所でした。

 鷲の門

今の徳島駅北側のJRの線路の所には、昔は寺島川が流れており、お城の堀の役割でした。今も大変小さな川が流れており、当時の石垣が残っています。その石垣に「舌石」と呼ばれる突起が何十メートルか毎に付いています。これは鉄砲や矢を討つための穴をこの上に設けた名残です。

ここで日没となり今日はここまでとなりました。先生のわかりやすいお話で徳島城のことがよくわかりました。これほど昔の遺跡がたくさん残っているとは知りませんでした。大切にしていきたいです。